うつとなかよし。

あるひ突然うつで休職になって、その後退職したわたしと、うつと音楽の徒然なる日々。

東京に出たということ。

Facebookで、すごく懐かしい人が“しりあいかも?”リストに挙がってたので、

懐かしくて申請したら、その人の周りが、幼稚園~小学校くらいの懐かしい人だらけで驚いた。みーんな結婚して、子供がいた…。

 

私は家庭の都合で小学生の時に隣町へ引っ越し、

高校からまた元の家に戻ったものの、家が嫌いでバイト三昧

大学も、朝5時に起きて実家から都心まで片道2時間半の通学を続け、

バイトは3足のわらじで、帰宅は深夜という地元の人には殆ど遭遇しない生活をしていたため、幼馴染はいないし、高校からの親友も、彼女の結婚と同時に疎遠になりました。

とってもハイソなお相手だったため、夢を追いかけ続ける私たち貧乏バカップルには不釣り合いだったのだろうなぁ。。

 

我が妹も、2人の息子を頑張って育ててるし、

この甥っ子2人は妹同様、目に入れても痛くない程かわいくて仕方がない。

 

結婚式の写真とか、子供の写真とか、みんな凄く幸せそうで。

其々の人生を生きてるんだなー。って勝手に懐かしく思う。

浦島太郎になった気分でした。

 

東京に出たから、ってわけじゃないけど、

地元には地元の、いい空気が流れてるんだなって。

何にもないつまらない場所だって思ってたけど、たまに戻ると懐かしく思うし、

みんなあの場所で、家族を作って、生きてるんだな。

 

私の父は、いつまでたっても結婚しない私のせいで肩身が狭いんだろうな~と。

スマン父。私は親不孝な娘よ。

代わりに、立派な息子を2人も生んだ妹を沢山かわいがってほしい。

 

私が生まれた時代はまだ、男の子を産めないことは大変なことだったんです。

本当、つまらない風習だと思う。性別なんて関係なく大切な命なのに。

 

多分、私は母の自由な心だけをもらって生まれてきたんだよ。

だからきっと地元には戻らないし、戻れない。

 

私が男だったらな~と。本当に。

ベルばらのオスカルみたいに、男として育てればよかったじゃん。なんてね。

あんな美形じゃないけど(笑)

ちょっと懐かしくなったので、書いてみたくなりました。